むさし様、こんにちは。明日はとうとう入学式です。藤原歌劇団の研修所を出てからは、もうイタリアオペラで役のあるものを勉強する事はないと思っていたのですが(私自身、イタリア人の血が流れている訳でもイタリアに長く住んでいる訳でもないのに、イタリア人を理解して演じる事など不可能な事だと思っているので…)、大学院ではまた、イタリアのオペラを勉強する事になるようです。
そもそも、イタリアオペラをする事に違和感を覚えたのは専門学校でオペラを勉強してからでした。オペラの楽譜のト書きに『笑う』と書いてあったのが、どうして笑うのかが理解できなかった事がはじまりだったような気がします。たぶん、日本人であれば、その場面で笑う事は無いはずだと思うと、やはり日本人とイタリア人では微妙な感情の差があるという事に気づかされました。そして、研修所でイタリア研修に行って、イタリア人とふれあう事で、感情だけでなく、物の考え方自体も違う事を実感させられ、やはり、私にはイタリア人は理解できないと思ったのでした。
さらに、その全く逆の違和感も覚えた事があります。それは藤原歌劇団の『蝶々婦人』を観に行った時の事でした。『蝶々婦人』はプッチーニ作曲の日本を舞台にしたオペラで蝶々婦人役は日本人の設定なのですが、藤原歌劇団は主役に外国人を使用する為、蝶々婦人役は外国人でした。その外国人の芝居は…。なかでも、感情にまかせて腕を上に突き上げる芝居があり……。着物を着た事のない私でさえも、着物を着た女性がそんなハシタナイ姿をする事がオカシイという事は解る訳で………。(でも、その外国人だけがオカシイわけではなくて、そもそも日本で上演するのに蝶々婦人役に外国人を使用しようと考える事自体がオカシイような気がするのですが…)ともかく、私がイタリアオペラをする事になれば、そんなオカシイ事だらけの芝居になっている事は明らかな気がします…。
まあ、藤原歌劇団は主役に外国人を使用する事でお客様に来てもらえると思っている部分もあるため、そんな舞台を観てしまったのでありました。(もし私がお客様に来てもらう事を考えるのであれば、日本人の藤原歌劇団の看板歌手を作り、その人をマスメディアに露出させ、その人を観たい人が新規顧客となり、また、看板歌手以外にも、ある程度の固定メンバーがいれば、その固定メンバーを観に次回作やその次の作品にもお客様に観に来てもらえるのではないかと思うのですが…)でも、きっと、その蝶々婦人役の人は、日本以外の国で蝶々婦人役をしている時は、大絶賛されていたのではないかと思います。
むさし様。アメリカでは『お茶』と呼ばれる緑茶とは似ても似つかない『フレーバーティー』が流行っているそうです。もしかしたら、日本人の中にはその『フレーバーティー』を邪道だと思う人も多くいるかもしれません。でも、緑茶にしてみれば、日本から遠く離れた緑茶を飲む週間の無い人たちに飲んでもらえる事は幸せな事かもしれません。たとえ、それが、緑茶とは似つかない『フレーバーティー』であったとしても…。もしそうだとすれば、私も『フレーバーティー』になりたいです。たとえ、どこからどう見てもイタリア人では無かったとしても、見ていただく日本人のお客様に喜んでいただければ、それで良いのではないかと…。この2年間、私は『薫り高きフレーバーティー』を目指します!